大判例

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東京地方裁判所 平成3年(特わ)1253号 判決

主文

被告人を懲役四年及び罰金五億円に処する。

未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、地産グループといわれる企業グループを率いる実業家として知られていたが、以前から営利を目的として継続的に株式売買を行っていたところ、昭和六二年、仕手筋として知られたコーリン産業株式会社(後に株式会社光進と変更)の代表者小谷光浩と知り合うと、同人と密接な関係をもって、昭和六二年と同六三年に大量に株式取引を行い、それによって多額の株式売買益を得ることとなったにもかかわらず、自己の所得税を免れようと企て、あらかじめ株式売買の一部を親族、知人等の名義で行うなどして、株式売買益である所得を秘匿した上、

第一  昭和六二年分の実際総所得金額が四八億五〇一〇万五二一六円であった(別紙1修正損益計算書参照)にもかかわらず、同六三年三月一五日、神奈川県藤沢市〈番地略〉所在の所轄藤沢税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が一億一三四九万五六三四円で、これに対する所得税額が三三二四万八三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(〈押収番号略〉)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額二八億七六六〇万四一〇〇円と右申告税額との差額二八億四三三五万五八〇〇円(別紙2脱税額計算書及び資産所得あん分税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六三年分の実際総所得金額が一〇億二一六二万三一一五円であった(別紙3修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成元年三月一五日、前記藤沢税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が一億六二九万五二四六円で、これに対する所得税額が二七九五万九二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(〈押収番号略〉)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六三年分の正規の所得税額五億七八三四万五四〇〇円と右申告税額との差額五億五〇三八万六二〇〇円(別紙4脱税額計算書及び資産所得あん分税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

罰条 判示第一、第二の各行為について

所得税法二三八条一項、二項(情状による)

刑種の選択 判示第一、第二の各行為について

懲役刑と罰金刑の併科

併合罪処理 懲役刑について

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)

罰金刑について

刑法四五条前段、四八条二項

未決算入 刑法二一条

労役場留置 刑法一八条

(量刑の理由)

本件は、実業家として知られ社会的地位のある被告人が、株取引によって得た多額の利益を隠して、史上稀といえる巨額の脱税をした事案である。そこで、量刑にあたって考慮される事情について列挙する。

第一に注目されなければならないのは、その脱税額が約三四億円という巨額なことである。

被告人は、株式取引が大部分である有価証券取引によって昭和六二年には約四七億五九八六万円、同六三年には約九億一八八五万円、二年間で合計約五六億七八七一万円の利益を得ていながら、それら利益を全く隠して申告せず、所得税を昭和六二年分で二八億四三三五万円余、同六三年分で五億五〇三八万円余、二年分合計で三三億九三七四万円余を脱税したものである。そして、本来納めるべき税額に対し免れた税額の割合も、両年とも九五パーセントを超える高い率となっている。右の約三四億円の脱税額は、所得税の脱税事犯としては類稀な巨額なものであって、平均的な国民からすれば、その生涯所得をもはるかに超える思いも及ばない金額であり、そうした巨額の脱税が行われたことに、多くの国民は驚きと怒りを感じるものと思われ、本件は、その脱税額の大きさ故に、国家の課税権を侵害しその租税収入を害したばかりでなく、後述するように国の納税制度に好ましくない影響を及ぼしているといわなければならない。

第二に、脱税にかかる所得を獲得した方法が、社会的非難に値することである。

本件で脱税の元となった所得は、ほとんどが株式売買による利益であるが、被告人がその株取引で利益を獲得した方法は、特異なものである。すなわち、被告人が株取引で得た利益の大部分は、仕手筋として知られたコーリン産業の代表者小谷光浩との関係によるものであるが、その利益の獲得の方法は、小谷から株買い占めへの協力を依頼されて大量の株を買い集め、買い占めに伴って株価が急騰した段階で、集めた株を直接同人に売り渡さずに、一旦市場で売却して自らの利益を確保し、市場で売却した株はそのまま支配下の会社に買い付けさせて、それを小谷に相対取引で売り渡す、あるいは、小谷が株買い集めによる株価の吊り上げを狙っている際、それに協力して、同人に資金を融通するとともに自らも大量の株を買い付け、株価上昇後に市場で売却して利益を得る、さらには、小谷からの情報に基づいて仕手筋の行う株買い占めに便乗して大量に株を買い集め、株価が上昇した段階でそれを市場で売却して利益を得るというものであり、こうした小谷との関係で得た株式売買による利益は、昭和六二年には約四三億二三〇〇万円で全有価証券売買益の九〇パーセント強、昭和六三年には約六億五九〇〇万円で全有価証券売買益の七二パーセント近くにも達している。このように被告人は、特定の仕手筋の人物と癒着し、その株買い占めに協力して自らも一役買い、多額の利益を得たものであって、そうした利益獲得の方法は不健全、不公正なものとして社会的非難に値するといえる。

第三に、本件における脱税のための手段及び罪責隠蔽のための工作が、看過し得ないことである。

被告人は、株式売買益については当初から脱税する意図を有し、課税を免れるため、多数の証券会社の多数の店舗で、親族、知人、秘書等一八名の名義を使って株式取引を行い、さらに株式取引がそれら名義人自身のものであるかのように装って、銀行に借名名義人の口座を設けて、株式売買関係の金銭の出入りをそれら口座を通して行うなどしており、脱税は計画的であり、明確な意思をもって行われたといえる。

その上、被告人は、犯行後脱税の事実が発覚するのを恐れてあれこれ工作し、検察の捜査が開始されてからも罪責逃れのための悪質な行動に出ているのである。すなわち、小谷との関係で行った國際航業株の取引に関連して、右翼のいわゆる街宣活動による攻撃や小谷による密告に対する不安から、税務当局に脱税が発覚するのを恐れて、平成元年四月、国税局勤務の経験のある配下会社の社員に國際航業株の取引について検討させ、その検討結果を受けて、社会的な地位や資力から名義人自身の取引と説明することが困難な分については修正申告をし(以下、第一回修正申告という。)、名義人の取引と弁明できるものについては、名義人の取引と主張することにして、そのために、名義人の定期預金を新たに作って利益が名義人に帰属するかのように、また、株購入資金の貸借に関する虚偽内容の覚書を作成して、名義人が被告人から株購入資金を借り受けたかのように、それぞれ装う工作を行った。さらに、国税当局の税務調査を受けたことから、平成二年一二月に再度の修正申告をし(以下、第二回修正申告という。)、一旦は各名義人の取引は全て自己の取引であると認めながら、検察官による捜査が開始されると、その頃紹介された弁護士らの助言をきっかけに、自己の取引であることを否認する態度をとることに決め、そのため、検察官の捜査に備えて各名義人に対し名義人自身の取引である旨供述するよう指示したり、取調べのリハーサルを行って口裏合せを徹底したり、名義人とは別人を仕立てて検察官の取調べに出頭させたりし、さらには、捜索に備えて、従業員等を使って大量の書類を処分あるいは隠すなどしているのである。

なお、弁護人は、第一回修正申告の経緯について、被告人は国税局出身の社員Aらに昭和六二年と六三年の両年の全株式の取引について検討させ、問題があれば全面的に修正申告をする意図であったが、被告人の指示を受けた秘書のBが、指示は六二年の國際航業株の取引のみに限ったものであると思い込むなどしたため、結果的にAらの検討対象が六二年の國際航業株取引分に限られ、修正申告も一部に止まった旨主張する。しかし、被告人が、Aらに検討させて修正申告をすることになった経緯は、昭和六二年における小谷絡みの國際航業株の取引について右翼から攻撃され小谷が密告をするのを恐れたからであったこと、被告人は、検討対象から、小谷と関係のない國際航業株取引分や名義人との関係で都合の悪い一部の名義人分については、当初から除外するよう指示したり、Aらから國際航業株の取引に限った検討結果の報告を受けながらも、昭和六三年に同様借名で大量に取引した岩崎電気株や小糸製作所株の件について問い質したり、修正申告の指示もしていないこと、前記のとおり、修正申告に含めないことにした名義人分について、急きょ定期預金を設定したり、虚偽の覚書を作成したりしていることが、それぞれ認められる上、被告人自身検察官に対して、Bに指示してAらに検討させたのは昭和六二年の國際航業株取引分だけ(なお、國際航業株の取引は同六二年のみである。)であると供述している(平成三年六月一五日付検面調書)こと、他方、弁護人の主張に沿うB、Aの公判廷での供述は、同人らの検察官に対する供述調書に照らし、あいまいなところがあり不自然で容易に信用できないことなどからすれば、被告人は、昭和六二年の國際航業株の取引分についてのみ、検討を命じ修正申告をする意思であったと認められ、弁護人の主張は理由がない。また、弁護人は、被告人が日記等を隠したのは他人のプライバシーに関わるからで、脱税に関する証拠隠滅を意図したものではない旨主張する。しかし、前記のとおり、当時被告人は検察官の捜査に対し脱税を否認する意思でおり、名義人らに働きかけていた上に、日記に限らず株式取引関係の書類を含む大量の書類を廃棄したり隠匿していることからすれば、証拠隠滅の意図があったことは明らかであり、弁護人の主張は理由がない。

第四に、本件脱税の動機について検討する。

本件脱税及びそれに先行する株式売買益の獲得の動機について、被告人は、一つは、社会貢献としての美術館設立とその充実及び生涯学習振興を目的として財団設立のためであり、一つは、多種多様な交際費確保のためである旨述べる。なるほど被告人が、社会貢献の一つとして美術館設立の希望を持ち続け、現実に美術館を設立するに至り、生涯学習財団についてもその設立の準備を進めていたこと、また、いずれ被告人が負担する予定の美術館建設費用に相当する金額や財団への寄付金額に相当する金額が、被告人個人の銀行預金に留保されていたことは、認められる。しかし、本件脱税の元となった巨額の株式売買益の獲得は、前述したように特定仕手筋の人物との癒着によって行われたものであって、そこには美術館設立のためといった志高い特定の目的のため行われたような事情は窺えないのであり、また、それら株式売買益が美術館の設立・充実のため使用された具体的実例は挙げられておらず、右の銀行預金もそれが美術館や財団の特定目的のため特に留保されていたものと証するものはなく、もう一つの交際費のためというのも、はなはだ曖昧なものであり、結局、被告人が動機として述べるのも、漠然としたものに過ぎないのである。してみると、美術館構想や交際費など金銭を必要とする事由について、潜在的な認識があったことまでは否定できないとしても、本件株式売買益の獲得と脱税は、被告人自身が「敢えて脱税をしなければならなかったような理由は思い当たらず、我ながら、軽率であり、魔が差したとしか言いようがありません。」(被告人の検察官に対する平成三年六月一三日付供述調書)と言っているように、右の二つの事由のためという特定の明確な目的、動機に基づいたものではなく、むしろいわば機に乗じて財を稼ごうとの気持ちから出たもので、言い換えれば、金の使い道は種々あるので、訪れた金儲けの機会を逃さずに儲けておこう、との考えから行われたに過ぎないと認められるのである。そうすると動機において、特に被告人のため酌むべき事情があるということはできない。

第五に、見逃し得ないのは、本件巨額脱税が、実業家・経済人として社会的地位のある者によって行われたということである。

申告納税制度は、納税者の自主的で誠実な申告・納税に期待するのであるが、そのためには、誠実な申告・納税が行われているとの納税者の広い信頼を保持することが必要であるが、脱税はそうした信頼を壊し、同時に人々の納税意欲を害することになる。そこで、被告人のごとく実業家として名を成し社会的地位ある者が、多額の所得を得ていながら多額の脱税をしていたとなれば、右の誠実な申告・納税が行われているとの信頼を損ない、人々の納税意欲を阻害すること大きいものがあるといわねばならない。のみならず、前記のように社会的に不公正といえる方法により多額の利益を得た上脱税をしていたとなれば、税負担の公平性に対する不信感や徴税についての不平等感を、広く国民に抱かせることになりかねない。このように、被告人の本件犯行は、申告納税制度に少なからぬ悪影響を及ぼし、さらには国の徴税制度にも好ましくない影響を与えるものであるといえる。

これまで挙げたのは、被告人の責任が重いとすべき事情であるが、一方、被告人のため酌むべき事情としては、以下のような事情がある。

第一に、被告人が実業家として長年社会のため貢献してきた実績を挙げなければならない。

被告人は、戦前に大学卒業とともに在京の新聞社に入社し、戦後一時退社して出版会社等を経営したが、昭和二六年請われて同新聞社の大阪進出を手掛けて、一躍その手腕が注目され、その後同新聞社を退社して、他の新聞社の経営に当たり、昭和三三年不動産業を営む現在の株式会社地産の前身である会社を起こして、ゴルフ場やホテルの経営に乗り出し、その後自動車教習所、不動産賃貸、スーパーマーケット、出版、レストラン、パン製造等の各種事業を営む会社を順次起こして、企業グループを形成し、他方では名古屋での新聞発刊を手掛け、さらに、その経営手腕を買われて、観光事業、ハム製造、紡績、食品等を営むいくつかの会社の再建や経営に当たり、三〇社ほどの会社から成る企業グループを作り上げたのである。このように被告人は、約五〇年にわたり、その異才をもって奮闘努力、奔走し、身を粉にして、新聞、ホテル、ゴルフ場、不動産等の事業を行う実業家として活躍し、本件ころには、上場会社三社を含む主な稼働会社二〇数社、従業員数七〇〇〇名以上、年間総売上二〇〇〇億円以上の企業グループの総帥の立場にあったものである。こうした被告人が長年にわたって数多くの会社の経営を手掛け、実業家として活躍してきた実績は、それ自体大きな社会的貢献というべきで、被告人のため酌むべき事情に当たる。

第二に、被告人が各種の社会奉仕あるいは文化的貢献をしていることである。

被告人は、企業や個人の得た利益は社会に還元すべきであるとの考えを持ち、前記のごとく実業家として活躍する一方、各種の社会奉仕及び文化的活動を行ってきているのである。すなわち、被告人は、自ら出費して青少年の教育のための団体を設立したり、市町村や公共・公益のための団体・施設等に随時寄付をし、また、外国との親善・文化交流にも努めるなどしてきており、さらには、社会への文化的貢献の一つとして、美術館設立の構想を抱き、郷里の私有地を提供して美術館を建設し、多数の個人所有の絵画を寄贈して平成元年一一月開館し、同時に、生涯学習の必要性に着目してそのための財団を設立することを企図し、その設立準備手続を進めてきたのであって、その美術館設立費用はもちろん美術館や財団の運営費も、個人財産から寄付して賄うことを予定にしているのである。このように被告人は、自らの信ずるところに従って社会奉仕をし、文化的貢献に努めてきたのであって、やはりそれは社会への少なからぬ貢献であると評価すべきである。

第三に、脱税した税金は速やかに納税され、課税権の侵害状態は完全に回復されていることである。

被告人は、本件脱税を犯したものの、前述したような経緯により、平成元年四月の第一回修正申告において昭和六二年の脱税分のうち約七億二四二五万円を納め、平成二年一二月の第二回修正申告においては昭和六二年、六三年の脱税分約二五億七六八六万円を納め、さらに延滞税・重加算税等の関係で約一四億八八六一万円を納め、その他地方税の追加分約八億九六五五万円も納めている。このように、本件脱税は、その額が巨額なものであったが、その契機の点はともかく、被告人の自主的な申告・納税によりその回復は速やかに、かつ完全に行われ、また行政上の制裁額も大きく、それも速やかに支払われているのであり、こうした点は、被告人のために酌むべき大きな事情であるといえる。

第四に、被告人が深い反省の態度を示すとともに、一〇億円という多額の贖罪寄付をしていることである。

被告人は、本件脱税を犯した後刑事訴追を免れようとしてあれこれ工作し、また証拠隠滅行為も行ったことは前記のとおりであるが、新たな弁護人が付いてその非を悟った後は、捜査官に対し事実を有りのまま率直に供述するとともに、捜査・公判を通じて本件脱税について一貫して深い反省の態度を示し、特に本件で逮捕され勾留されることによって衝撃を受け、以来自ら老躯に鞭打つように慙愧と悔悟の日々を送っているのである。また、贖罪のため、日本赤十字社に五億円、栃木県の更生保護会と保護観察協会に各一億円、在外の日本絵画修復事業を行う財団に二億円、奨学資金及び国際交流資金等を目的とした芸術大学の育英基金に一億円の合計一〇億円という多大の寄付を行っており、こうした寄付は、被告人の社会に対する深い謝罪の気持ちを表しており、罪の償いの一つの方法として、やはり被告人のため酌むべき事情に当たる。

第五として、被告人が本件脱税の発覚により少なからぬ社会的制裁を受けていることや、被告人の年齢、健康状態などが考慮されねばならない。

被告人は、本件脱税の事実が平成三年二月世間に知れると、その後自らの企業グループの内外を問わずに、関係会社の役職と関係していた各種団体の理事等の役職を全て辞任し、自らの行動に恥じて社会的な活動から一切身を引く決意を述べており、同時に、被告人が社会的につとに知られた実業家であっただけに、本件によって被告人に向けられる社会の非難の目も厳しいものがあったと考えられ、そのため被告人が受けた心神の苦痛も小さくないものがあると推察され、被告人は有形、無形の社会的制裁を受けているといえるのである。さらに、被告人は若い時から糖尿病に罹し、食事療法によってその悪化を防いできた事情があり、健康保持に配慮する必要があることや、現在七一歳という老齢であり、服役によりその身心が受ける影響について考慮せねばならないことなどを、被告人のため斟酌してやらなければならない。

なお、弁護人は、被告人の行った第一回及び第二回の各修正申告は、自首に該当するか自首と同視すべきである旨主張する。しかし、前記のごとく、第一回修正申告に当たって被告人は、借名で行った國際航業株の取引のうち、一部分のみを自己の取引であると認め、他については名義人自身の取引であると主張することとして、そのための偽装工作を行っているのであるから、第一回修正申告は脱税の全貌が発覚するのを逃れようとした行動に過ぎないというべきである。また第二回修正申告も、国税局が被告人の株式取引の状況に関して調査を開始した後に、それを知った被告人が、査察手続に発展し更には刑事訴追が行われるのを免れるため行ったものであり、そのころ国税当局や検察庁の関係者宛に提出している各申述書に、自己の責任を免れようとする記述や刑事訴追を逃れようとする記述があること、また第二回修正申告後に前記のように無罪を主張するための証拠隠滅工作を行っていることからしても、自発的に自己の犯罪事実を申告して訴追を求めようとした意思の表れとみることはできない。したがって、第一回、第二回の各修正申告とも、弁護人が言うように自首ないしそれと同視すべきものとはいえない。

以上列挙した被告人に不利、有利の各事情を勘案し、さらに、次の点に配慮する必要がある。すなわち、納税については職業・財産・身分を問わずあらゆる国民が関係し、脱税への誘惑は大小常に存在するのに比し、脱税の発見は困難でその摘発には多大の労力を要し、ときには見逃される可能性さえあり、一方では一旦脱税が行われるときには、申告納税制度をはじめ国の納税制度に悪影響を及ぼす恐れがあり、悪質な脱税が広まるならばそれら制度の基盤を揺るがしかねないのであって、脱税については事前予防が重要といえるのであり、その処罰に関しても、そうした脱税に対する事前の一般予防の観点からの考慮を払わなければならないことである。そうすると、被告人に対しては主文のとおりの刑を科するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松浦繁 裁判官渡邉英敬 裁判官西田眞基は転勤のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官松浦繁)

別紙1 修正損益計算書〈省略〉

別紙2 脱税額計算書、資産所得あん分税額計算書〈省略〉

別紙3 修正損益計算書〈省略〉

別紙4 脱税額計算書、資産所得あん分税額計算書〈省略〉

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